コラム欄login 希望の効能 その2 「夜と霧」は、ロングセラーの作品であり、オーストリアの著名な故ヴィクトル・フランクル医師の著作です。私の尊敬する精神科医の一人であり、神経症(ノイローゼ)研究と治療に多大の貢献をした偉大な人物です。私は若いころから数多い彼の著作を読みあさりました。彼の教えや生き方は私の精神科医としてのアイデンティティの一部になっています。人生の「意味」を終生にわたり問い続けた彼は、自らがナチス強制収容所で過酷で悲惨な生死のはざまの捕虜生活 を送る中でも、人間の理性を信じ続け、人間の尊厳を守り通し、人生の意味を鋭く洞察した偉大で稀有な人物です。ウィーン三大学派の第三の位置の指導者として、亡き後も世界中に人々に大きな影響を与え続けています。 「夜と霧」の中で、私が特に興味を持つこととして、「希望」と「精神の死」「身体の死」との間の逆相関の関係を見事に示す、数々のエピソードに彼が注目し記載した部分があります。捕虜の中の一部の人たちは、絶え間ない死の恐怖(ガス室送り等)と過酷な強制労働の中で、 クリスマスまでには連合軍が来て彼らを解放するという希望を持ち続けることで、辛うじて生命を保っていました。やがて待ちわびたクリスマスが何事もなく過ぎ去ります。その後に起きたことは、彼らが絶望の中で、間もなく次々と亡くなって行ったという事実でした。 希望とはどのようなものなのか、皆さん、よく考えてみませんか。私の臨床経験からも、希望を完全に失った人の余命は短いと言えると思います。また、先にも触れましたが、希望を持てない人の精神的不調は克服が困難となります。 余談ですが、本書ではあまり記載されていませんが、強制収容所の劣悪な生活環境の中では、自殺が少ないようです。一見すると不思議に思いますが、私の考えでは生か死かの二択の状況では、完全に絶望的ではなくわずかな希望さえあれば、人は「生」を選ぶと言えるかもしれません。ただし、例外的な「死」の選択もあり得るかもしれません。 「自殺」の問題は、精神医療を語る際には避けて通れないものであり、いずれはコラム欄で触れたいと思います。不幸にして、自死の道を選択した人たちを冒涜せぬように気を付けます。 話がそれましたが、皆さんには、是非一度は本書を読んでいただきたいと思います。精神科医のみた赤裸々な人間存在の姿を、垣間見れることと思います。