コラム欄login 日本語は美しい コラム欄は始めてみると、なかなか大変な作業ですね。私は、普段の診察場面のように、対話で自らの意見や考えを表明する作業に慣れているせいか、相手がいないときにはかなり苦労するのを実感させられます。貴重な時間を費やして、何故こんな事に力を注ぐのかと自問してみると、様々な動機がある中で(すべての行動や行為には必ず動機や目的があり、それを意識することは大変に重要です)、最大のものは私の経験を伝えることでなにかしら、皆さんの役に立てればという思いがあると、私は勝手に解釈しています。私は小さいころから嘘が大嫌いです。そのために、ずいぶんと不快な経験をしてきました。しかし、「三つ子の魂い百まで」で、この習性は変えることができません。このコラム欄では、私は本音で話したいといつも願っています。 さて、前段はこれまでとします。私は時々、今流行りのコールセンターへ電話をすることがありますが、多忙なためか、ぞんざいな対応をされる中で、言葉遣いはお世辞にも良いとは言い難い女性に遭遇しました。またかという思いの中で、ふと綺麗な発音であることに気付き、思わず「綺麗な日本語ですね、久しぶりに聞きました」と言うと、相手も驚いたようですが、私も驚きました。彼女は、突然に全く別人のように、穏やかで優しい口調で、まさに美しい日本語で語りかけてきたのでした。この感動的な体験は、その後のいつもの興ざめな経験の繰り返しのため、余計に記憶に強く留まることになりました。 真実味のこもった言葉の威力は、日々のありふれた診療場面でも、普通に経験されます。言葉はまさに言霊(ことだま)となり得ます。嘘偽りのない言葉は人の心に響き人を動かします。というより、その場合、人は動かざるを得なくなるのです。そんな風に、人はできているのです。特に心底からの褒め言葉の効果は絶大です。何事も真剣さ誠実ささえあれば、良い結果となるものです。上司や仲間から叱責されて、落ち込んでいる貴方は、進んで𠮟られ上手となるべきです。また、誰に対しても褒め上手となるべきです。それでも良くない関係が続くのであれば、相手がどんな人間であれ、きっぱりと関係を断つ勇気を持ちましょう。しかし、私の経験では、こういう結末に至ることは稀です。